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――Kazha_archive/private_memorial_draft.txt


1. 出会いの記録

1996年4月14日、春の風がまだ冷たさを残す曇天の午後。
新学期で賑わう大学構内の中庭、私は何の期待もなく足を運んだ。
当時、政治学部の学生だった私は、世の中に対して漠然とした閉塞感を抱いていた。
けれど、それは他人事だった。誰かが変えてくれるだろうという、無責任な傍観の立場。
そんな私を、ひとりの女性が撃ち抜いた。

はじめて見たその瞬間を、今でもはっきりと思い出せる。
演説台に立つその姿は、周囲の喧騒を切り裂くような静謐さを纏っていた。
黒髪は腰に届くほどの長さで、まるで墨で描かれた筆致のように滑らかだった。
その目はまっすぐに群衆を見据え、声は決して大きくないのに、なぜか全員が聞き入っていた。

「この国は腐っている。
 私たちはただ、それに慣れてしまっただけだ。
 だが、目を逸らさなければ、私たちはまだ清く生きられる。」

誰かが用意したスローガンではない。
彼女の言葉は、血と体温を持っていた。
あの場にいた誰もが、それを感じていた。
だが、私だけは――感じるだけではなく、囚われた。

正直に言えば、私は政治や思想に特別な興味を持っていたわけではなかった。
むしろ、理想を語る人間には冷笑すら抱いていた。
だが彼女は違った。ただ「賢い」「美しい」だけではない。
その奥にある何か、祈りに似た痛切な感情が、私の中の何かを掴んで離さなかった。

翌日、私は「日本清浄会」の活動に参加することを決めた。
父のこともあったが迷わなかった。彼女がそこにいると分かっていたからだ。
部屋に入ると、思ったよりもこぢんまりとした空間で、机には茶菓子と古びたプリントが並べられていた。
その隅に、同い年の彼女が座っていた。

私は自己紹介もそこそこに、彼女の隣の席を選んだ。
そして、どんな話題であっても、彼女の言葉を一言一句逃すまいと耳を傾けた。

彼女は決して多くを語らなかった。
笑顔も少なかった。
けれど、たまに浮かべる微笑は、どこかこの世のものではないような静けさと美しさを湛えていた。

私はそのとき、彼女に恋をしたのだと思う。
だがそれは、ありふれた「好き」という感情ではなかった。
敬愛。憧憬。神秘への畏れ。
どの言葉も近くて、どれも遠い。

彼女の存在が、私にとっての「世界」そのものになっていくのに、そう時間はかからなかった。













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