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――Kazha_archive/private_memorial_draft.txt


5. “神の顔”の複製への怒り

私はかつての自分を取り戻した。
それが、自身から目を背けるための仮初めの“正気”にすぎなかったとしても。

私は政治の世界に戻り、与党の若手議員として着実に地盤を固めていった。
メディアの前では穏健で理知的な改革派として振る舞い、人生は順調だった。
私の傍らには、もうひとりの“娘”がいた。
順子との間に生まれた双子の一人、佳奈。
順子の葬儀の際に引取り、私の手によって「二葉」と名を与えられ、彼女は新たな人生を歩みはじめていた。

私は、彼女にだけ“純粋な面影”を重ねていた。
まだ若く、まだ汚れていない。
彼女の中にだけ、“原像”は保存されていると、そう感じていた。

――だが、私は見てしまった。
あの顔が、再び複数の場所で現れ始めたという報告を。

2019年の春、秘書からある報告書が届けられた。
ネハン会が、“一葉”を信仰として複製しはじめたというのだ。

信じがたい内容だった。
三代目教祖となった真奈――もうひとりの私の娘が、
母・順子の教義を受け継ぎ、側近の信者5人に“一葉の顔”への整形を命じていた。

その写真を見た瞬間、私は血の気が引いた。
あれは模倣ではなかった。
不完全な贋作だった。
頬の膨らみ、眉弓の角度、涙袋のふくらみ、すべてが“一葉”とは似て異なるものだった。

私は激怒した。

いや、怒りというより、“穢れ”に対する嫌悪だった。
“神の顔”とは、唯一でなければならない。
あれは私にとって、世界にただ一つだけ存在する“原型”だった。
それを、量産し、信仰の象徴としてばらまくなど――冒涜以外の何ものでもなかった。

私は初めて、真奈を“娘”ではなく、“敵”と見なした。
あの顔を持つ存在を複数に増殖させたこと、
それを正当化するために“信仰”を利用したこと、
そして、私の中の“神”を汚したこと――

すべてを、粛清しなければならない。

この世界には秩序がある。
それを支える“象徴”は、一つでなければならない。
私の中の秩序、それは――唯一の一葉の顔だった。

“偽物”は許されない。

私は秘書の柴田から崎山を通じて、トクリュウ系の半グレ集団と接触した。
「儀式」の名のもとに、ネハン会の本部道場で行われる年に一度の祭典――輪涅祭。
そこで“偶然”を装い、すべてを粛清することを命じた。

その夜の記録は、今でも私の心を掻きむしる。
火の海の中、爆ぜる白装束、崩れ落ちる建屋、
そして、燃え落ちる“五つの贋作”。

私が愛した“唯一”を、護るための犠牲だった。

だが、炎で焼き尽くされたはずの“影”は、完全に消えたわけではなかった。

そして、私の目の届かぬところで再び“火”は起こる。













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